日本を反面教師として学んだ
韓国のカワウソ保護

筆 熊谷さとし

 我々が韓国に行き始めた1980年代後半、韓国でもカワウソは数を減らしており、幼獣が保護されるとテレビのニュースで話題になるほどだった。調査をしていても、フンや足跡は見られるものの、実態を観察することは稀だった。

 そこで「このままではニホンカワウソの二の舞になるぞ!」という危機感から、韓国のカワウソ研究者との交流を模索していた。当時はネットがなかったので、片っ端から手紙を書くしかなかった。

 そんなある日、2000年の10月、ハン・サンフン博士とハン・ソンヨン博士が、我々のベースキャンプである、ヨンドンの亭子(村には宿泊施設がないため、集会所みたいなところを借りていた)に遊びに来てくれた。サンフン先生は現在、韓国環境部国立生物資源館研究員であり、ソンヨン先生は韓国カワウソ研究センターの所長になっておられる。サンフン先生は「日本を反面教師にして、韓国のカワウソを守りたいのです」と言い、ソンヨン先生はまだ大学院の学生だったが、「韓国に世界一のカワウソ研究センターを作るのが夢だ」と言った。

筆者とハン・サンフン博士(右)
筆者とハン・ソンヨン博士(左)

 あれから20年、お二人のおっしゃったとおりになった。そして、その裏には、権威の研究者だけではなく民間の自然保護団体の努力がある。

■クレ市

 20年前に、研究者と一緒に訪れた韓国南西部全羅南道のクレ市は、町を挙げてカワウソ保護をしている。市内に入れば、自動車のナビにピョコピョコとカワウソが横切る「カワウソ横断注意」の表示が出るし、町の建物はカワウソの壁画で飾られている。

 我々が訪れた頃は、ソムジン江の河原にはたくさんのゴミ、釣り師が置き去りにした釣り糸や仕掛けが山のように捨てられ、カワウソばかりではなく水鳥たちも犠牲になっていた。
研究者のハン・サンフンさんは、そのゴミを拾い集めながら「この場所をカワウソ保護区にする」つもりだという。

 現在、ソムジン江のほとりには「カワウソ観察台」という、観察小屋とビジターセンターを兼ねている建物がある。上下2キロには釣りが禁止、どうせカワウソが泳いでいればサカナはつれないので、釣り師たちも納得だろう、上下それぞれに監視小屋もある。

 河原には人工巣穴だけではなく、増水時のシェルターも作られている。これは、水かさが増すと河岸の木々が水没するために、泳いでいたカワウソが、枝に首をひっかけて溺死してしまう事故を防ぐためだそうだ。

 ビジターセンターには、ロードキルに遭ったカワウソの剥製やパネルが飾られており、早朝、川岸の道路をジョギングしている人たちが、カワウソを観察した後ビジターセンターで学ぶことができる。

■普州市 ジニャン湖

 ジニャン湖は、韓国南東部慶尚南道の普州市と釜山市の市民の生活用水の「水がめ」になっている人造湖だ。韓国で最初に「カワウソサンクチュアリ(聖域)」になった場所でもある。広さは、富士五湖全部に芦ノ湖を足したくらいあって、それ全部がカワウソの生息地だ。釣り・キャンプは禁止、カワウソを脅かすような原動機付のボートは禁止、生活排水の垂れ流しも厳しく罰せられる。

 一日に3回、サイレンのついた市の警備艇が見回っている。川と違って湖のため、浮石や河原がないために、カワウソが魚を捕まえても水から上がる場所や、体を乾かす場所がない。そのためにフロート(いかだ)を浮かべている。その上には乾いた砂が敷いてあって、人工巣穴も作ってある。また、フロートの中央に生け簀が作られたものもあり、カワウソが自由に魚を捕まえられる。

 これらを一手にやっているのは、地元の「カワウソ生態保護協会」のムンさんだ。初めは実験的に自費でやっていたが、現在は活動と有効性を認められ、公的な補助金を使い、5メートル四方の立派なフロートが浮かべてある。

 このサンクチュアリから10キロ下流はもう釜山の海岸であり、ハマチの養殖業者からは言わせればカワウソは害獣であった。 しかしサンクチュアリが出来てから、漁業被害が激減したという。それでもたまに、悪さをするカワウソが漁師の罠に掛かったりするのだが、それはこのサンクチュアリでさえも生きていけない(自分では満足にサカナを獲れなくなった)個体だろうという考え方なのだ。

■華城市 シファ湖湿原公園

 1983年と86年の2回、韓国北西部京畿道のシファ湖湿原公園近くでカワウソが目撃されたので、公園長のチェさんが試しにカワウソの巣箱を置いてみた。すると、すぐに使ってくれて繁殖もした。現在、カワウソファミリーは、シファ湖湿原公園の自然の豊かさを伝えるアイドルになっている。

 本来、この湿原公園は大規模工業団地になるはずだった。そのために河口堰を作って海水をせき止め、干上がらせる予定だったのだ。ところが近隣の人たちが生活できなくなるほど、海水の腐敗臭がひどく、たまりかねた政府が、水門の一部を開け、潮汐発電のタービンを取り付ける。芦を植樹し、流した水は芦の間を通すことで浄化して海に戻すという政策にした。

 やがて芦原は、クロツラヘラサギなど野鳥の楽園になり、多くの人が訪れる市民の憩いの場となった。近くを走る高速道路にはアニマルアンダーパス(野生動物が道路を渡らずに横断できる)が作られ、潮汐発電が作り出す電気は、華城市とソウル市の一部の電力を賄っている。

■江原道 韓国カワウソ研究センター

 韓国国内には現在、4か所のカワウソの飼育・保護施設(カワウソ研究センター・国立生態園・ソウル動物園・テジョン動物園保全センター)がある。その中でも韓国北東部江原道の韓国カワウソ研究センターは、サイエンスも充実、国際会議も開ける会場を備えたアジア最大のカワウソのための保護・保全研究センターだ。

 それまでは近くの村の廃校になった小学校の施設を利用していたが、2013年6月、パロ湖のほとりにオープンした。所長は、ハン・ソンヨン博士、そう、20年前に「韓国に世界一のカワウソ研究センターを作る」と夢を語っていた方だ。

 現在、国内で傷病及び保護された個体はここに運ばれ、治癒後、リハビリをしている。生涯飼育になった個体は、釜山市動物園に送られたり、リハビリができた個体は放野されている。

 こうした方々の努力で、ソウル市内を流れる漢江でも姿が確認されるほど、韓国全土にカワウソが増えている。しかし増えたせいで、連日のようにロードキル(交通事故)に遭ったり、漁業関係者からの害獣扱いも増えていくだろう。

 その一方で、「カワウソがいるのが当たり前の風景」になってしまった韓国では、カワウソの生息を無視した護岸工事や河川改修工事も行われている。つまりカワウソが増えたために珍しくなくなり、工事中止の切り札にはならなくなってしまっているのだ。

 高度経済成長期の日本のように、「カワウソなんか見つかったら工事が中止になってしまうので厄介だ」と考えている方が、カワウソを意識していた分、まだ救われるというのだろうか?