カワウソのトラッキングと
フィールドワーク
筆 熊谷さとし
このページは、ある程度野生動物のトラッキングを経験している人を前提に書いた。
そもそも、このサイト自体そういう趣旨で始めたからだ。
私はカワウソをやるために5年間、国内で、カワウソと同じような大きさの動物(特に5本指動物)のトラッキングをした。
タヌキやキツネのように地面に付くのが4本指なのに、たまたま前後足が重なって5本指に見える、石の角や張り出した小枝から水滴が落ちて、5本目の指痕を作ってしまっている・・・そんな時は指の流れを読めばよいことを学んだ。
ハクビシンは3〜4指が近い(人間も同じ)、テンはウマでいえば「ギャロップ」「トロット」のように、歩行・走行に3つのパターンがある。
アライグマは指が長く、前足の脇に後ろ足が付く・・・・など。
このようにカワウソ以外の動物の足跡をすべて言い当てられるようにした。
それは国内で、どうしても言い当てられない足跡と出会った場合、カワウソかも知れないと考えたからだ。
それら私がフィールドから教わった情報は、「カワウソをやる過程」で知ったことで、私が著わした数冊のフィールド本に書いてあるので、それを読んでほしい。
そのうえで韓国に乗り込んだ。
※我々が韓国で行っているフィールドワークを中心に話をするが、「カワウソの生態」と重なる話もあるので、併せて読んでいただきたい。
カワウソのフィールドワークは、基本的に川筋を見て歩けばいいので他の地上性動物とは違って楽なようだが、川という移動手段を持っている分、長く広い。カワウソは単独生活と言われているけれど(時期によっては)、ファミリーで(オス親も一緒に)活動していることもあるようだ。
フィールドワークの手がかりは、足跡・フン・食痕・生活痕だ。
カワウソの場合、巣穴(産室)を特定するのは難しく、せいぜい「休み場(数時間)」か「泊り場(2〜3日)」を繋ぐだけだろう。
季節は3月がベスト、まだまだ寒いのだが、繁殖期と子別れの季節でもあるので、フィールドサインが多く見つかる。
冬は雨が少なく、水量が多くないために渡河はしやすいのだが、外気温が零下20度にもなる韓国では、カワウソも水の中の方が暖かいらしく出ようとしない。
そのために、陸上のフィールドサインが極端に少なくなる。
5月~夏になると川虫が多くなり、ライトで川を照らしても川面を群れ飛ぶ虫に反射してしまうために観察ができない。
そのために夜間の観察は諦め、夕方や早朝での観察になる。
基本的にカワウソは夜行性動物だが、水中生活者のため(人間と生活空間が違う)、比較的明るい時間でも観察することができる。
■足跡
川の流れに逆行して付いていることが多い。
これは水の流れが強いため、岸を歩く(走る)ことにしたというものか、休み場の前をうっかり通り過ぎて戻ったのだろう、河原の水際に川と平行に見つかる。
これが、川とは直角に内陸に向かっている場合は、流れ込みなどを登ったところに巣穴があると考えてよい(とても追えないが)。
その流れ込みの入り口にフンが堆積していた場合は、頻繁に利用しているということであり可能性が高いだろう。
そのために他の動物のトラッキングと違い、足跡を見ただけで種を特定して終わりではなく、歩いているのか?急いで走っているのか?前後・左右といった、足跡を更に深く足見分けられる必要性を感じた。
5本指の、イタチやテンの足跡との見分け方は、水かきの痕がはっきり出ることと、カワウソは他の2種よりも体重が重いので、深くはっきりと付く。(砂浜、泥場、雪の上の場合)
■カワウソの足跡の前後左右の見分け方
人間と同じように読めば、前が前足(手)で、後ろが後ろ足(足)と読んでしまう。
しかし、野生動物は逆なのだ。
カワウソは前足(掌)の手根球が大きい、これを人間でいうところの、後ろ足の「カカト」だと思ってしまうため、前後足を見間違える原因なのだ。
人間が「跳び箱」を飛び越していることを想像してもらうとわかると思う。
跳び箱の端に両手を付き、後ろ足は前足を付けた前に着地する。
これを読み違えている既刊本(私の著書以外)は「テンのようにぴょこたんぴょこたんとシャクトリムシのように歩く」という表記になるわけだ。
■テンの低~中速度走行
(シャクトリムシ型)
■カワウソの走行
爪は前足の方が長く付く、想像だが、後ろ足の爪は川底を蹴るために前足より爪がすり減っているのではないだろうか。
爪も、テンのような鋭いカギづめではない
左右の決め手は、人間とは違って親指が他の指よりも浅く小さく付くこと、指の流れが(後ろ足の方が顕著)親指側に流れていることで読む。
全速力で走っている時は、他の動物のように前足・前足・後ろ足一緒という、いわゆる「ウサギ型」になる。
翌日も同じ場所を通るかどうかを知るために、写真撮影後、水を掛けたり小枝で均して「クリーニング」をしておくとよい。
■フン
※「カワウソの生態」を参照
カワウソはイタチの仲間であるので、同種間のコミニュケーションとしてフンを使う。
そのために、目立つ場所にする。
浮石でもゴミの山でも、一番高い場所にする。
このコミニュケーションは、「縄張りの主張」であり「繁殖相手を求める」といったものだ。
だから、近くにいつも見かけている同種がいてこそ「主張」の意味がある。
サハリンでもカナダでも韓国でもそうだが、「カワウソは、いれば何かしら痕跡を残す動物」ということが言えると思う。
80年代後半に、高知や九州といった国内を半ば諦めて韓国にフィールドを求めたのはそうした理由もあった。
決して国内のカワウソを諦めたわけではないのだが、国内ではフィールドワークの勉強が出来なかったのだ。
フンは葉巻型で、魚の小骨やウロコで構成されている。
匂いは「乾物屋の店先」の匂いだ。
他の動物のフンのように「ツミレ部分」がほとんどない。
11月頃のフンは霜が下り、昼間は融けて水戻し状態になり、新鮮なフンに見えるので注意が必要だ。
その場所がカワウソにとって重要な場所かどうかは、やはりクリーニングをしておくのだが、警戒させないためにフンを全部採取するのではなく、半分くらい残しておく。
その際に素手で掃うと小骨が刺さるので、手袋をはめた手で掃うこと。
太さ、内容物、色、寄生虫の有無などで、個体差を推理することも出来る。
時期によっては、内容物に、カエルの骨や水鳥の羽毛が見つかることもある。
■タール状便
※「カワウソの生態」を参照
■サンドキャッスル・スクラッチ痕
※「カワウソの生態」を参照
■寝屋・休み場
上流から身を隠せる岩場や大石の陰にはカワウソの寝屋が見つかる。
それは天然石に限らず、土管や、橋げたの崩れた瓦礫といった人工物でも同じだ。
覗き込んだ瞬間、カワウソフン特有の魚臭がする。
フンが堆積していたり、乾いた砂の上に、足跡や転がった跡が残っていることもある。
※「カワウソの生態」も参照
■食痕「獺祭」
「カワウソの生態」にも出ているが、カワウソは幼獣でも自分よりも大きな魚を捕まえるし、親は子供が充分なのにも関わらず、魚を捕まえて与えようとする。お腹がいっぱいになっている子供は魚を引きずり回して遊ぶだけで、そうした獲物や食い残しが川岸に並ぶことになる。
・・・夜の深い時間になると、その食べ残しを狙ってヤマネコがやってくる。
韓国での観察でそれを知っていた私は、カワウソ再発見のニュースを聞いたときに「なぜ、対馬なのか!?」と納得した。
カワウソとヤマネコは「片利共生(ヤマネコに利がある)関係」だと思う。